今回は、手足の痺れ、感覚や筋力の低下、などの症状を引き起こす疾患・慢性炎症性脱髄性多発神経炎(以下CIDP)を発症。現在はパラアスリートとして活躍されている細野翔大さんにインタビューさせていただきました。
目次
- 自己紹介
- 発症から診断まで
- 思うようにいかない治療
- リハビリが転機に
- 現在の活動について
- 同病者へメッセージ
自己紹介
はじめまして、細野翔大です。群馬県在住です。
2018年にCIDPの診断を受けました。
現在は上半身、下半身共に筋力や感覚の低下といった症状があります。
普段は、長距離でなければ杖を使って歩いています。握力は12kg〜15kgくらいです。
パラアスリートとして活動しています。
また、企業や自治体、小中学校などで、障がい者を含むすべての人が暮らしやすい街づくりを推進するための研修を行う活動をしています。
診断までの経緯
2017年12月頃、足の痺れを感じました。それが最初に出た症状でした。
その後、痺れだけではなく、指が動かしにくい感じがしてきました。
同じ症状が足だけでなく、手にも出てきて、範囲も少しずつ広がっていきました。
これはおかしいと思って、症状が出始めてから1ヶ月ほど経った頃に病院に行きました。
色々な病院をめぐったのですが、原因も病名も分からず、不安になりました。
様々な病気が疑われたので、たくさん検査も受けました。
記憶に強く残っているのが、検査のために髄液を採ったときのことですね。その後遺症で10日以上頭痛に苦しみました。
特に最初の数日は座ることも出来なかったです。
食事もご飯をおにぎりにしてもらって、横になったまま無理やり食べてました。トイレにも行けなかったですね。
後遺症は人によるみたいで、軽い人もいるらしいのですが、私の場合はきつかったですね。
介護の仕事をしていたのですが、この頃に退職しました。
大変な病気になってしまったという予感があったので、治療のことを考えての判断でした。
結局、CIDPと診断されたのは発症から約1年後、2018年の冬頃でした。
思うようにいかない治療
CIDPと診断されて、治療を始めたのですが、期待していたような回復はできませんでした。
それどころか、投薬開始から数日後に、視界がいつもより少し白みがかっているような、少し明るいように見えたんです。
3週間くらい経った頃には、視界が曇りガラスのように真っ白になってしまいました。
投薬の副反応で白内障になってしまったのです。手術が必要な状態になってしまいました。
手足は不自由で、ほぼ寝たきりのような状態。目も見えにくいため、リハビリもできない。
その頃が身体の状態が最もよくない時期でした。
絶望的な気持ちになってしまい、毎日のように泣いたり、まわりの人にあたったりしてしまいした。
リハビリが転機に
目は手術により回復しましたが、手足の症状に改善はありませんでした。
治療として、痛み止めの薬を服用しながら、リハビリの病院に通うようにしました。そうすると、少しずつ身体が動かせるようになってきたんです。
通院リハビリだけではなく、自分でもリハビリをしければいけないと思うようになったので、自宅から自動車で10分くらいのところにある、群馬県が運営している障がい者向けのスポーツ施設に行ってみました。
障がい者用の手すりが備え付けられているプールがあり、身体全体を動かすようなリハビリができるようになっています。
現在の活動について
パラアスリートとして
障がい者向けのスポーツ施設に通うようになって、1年半ほど経った2020年8月頃には杖を使った歩行ができるようになり、上半身の筋力も徐々に戻ってきました。
その施設で砲丸投の記録会に誘ってもらったことがきっかけで、パラスポーツをはじめることになりました。
やってみると楽しくて、そこから練習場所を求めて前橋市の陸上競技協会を紹介してもらい、活動の場を広がっていきましたね。
今、一番力を入れているのが円盤投です。先にはじめたのは砲丸投のなのですが、円盤投の方が記録が伸びていき、2022年には当時の日本記録を更新しました。
ただ、その記録を他の選手に抜かれてしまったのです。それまたを抜き返すことが目標ですね。そして、2026年に、名古屋でアジアパラ競技大会という国際大会が開催されるので、出場したいです。
また、スポーツ庁の育成選手発掘事業、ジャパンライジングスタープロジェクトの選考会に参加しました。これは、オリンピックやパラリンピックで活躍する未来のアスリートを発掘するプロジェクトです。
そこで、パラパワーリフティングの選手として選ばれました。
こちらも円盤投、砲丸投と共に頑張っていきたいです。
さらに、ぐんま強化指定パラアスリートにも選出していただきました。
しかし、2023年は怪我もあって思うようにいかなかったです。2024年は競技会などで実績を残していきたいですね。
ファシリテーターとして
「バリアフリーというのはどういう環境整備が必要か」「障がいを持った人とどういう接し方をしたらいいか」などを、みんなで考える研修を行なっている団体に所属しています。
アスリート活動が中心ですので、オフシーズンなどだけの活動にはなってしまうのですが、自治体や企業、小中学校などでファシリテータとして研修を行っています。
同病者へのメッセージ
人生の道半ばで難病に罹ってしまったせいで、いろいろ失うことはあると思います。
私自身もCIDPを発症して、たくさんのものを失いました。でも、全く運動未経験からパラスポーツをはじめて、ここまでやってこれています。
学生時代、運動部でもなかった私が、円盤投で日本記録を出し、パラパワーリフティングの育成選手に選ばれ、県の強化指定パラアスリートに選出されたのです。
私にとって、パラスポーツが転機になりました。まずは「自分は出来ない」と思わずに、出来ることを探すことからはじめてみてください。
本当に本気で頑張れば失ったこと以上のものを得ることもできると思います。
そのことをパラスポーツを通じて表現していきたいです。



