高校時代に器械体操の事故によって脳挫傷を起こし、後遺症として記憶障害が残る。現在は高次脳機能障害を多くの方に知ってもらうために、SNSで高次脳機能障害者の思いを発信中。
今の目標は『高次脳機能障害者の働く場所を作りたい。』
もくじ
- 自己紹介
- 発症から就職するまで
- 発症当時について
- 高次脳機能障害を伝える
- 現在の活動・目標について
- 最後に伝えたいこと
自己紹介

初めまして、高次脳機能障害当事者の小川です!
簡単に私が当事者になった経緯を最初にお話しします。
高校時代に部活として行っていた器械体操の練習中の転落が原因です。事故が起きてすぐに病院に行きましたが、病院では 「頭を打って、記憶が飛ぶってよくあるんです。成績が悪くなったらまた来てください」と軽く話されました。
その後、たくさんの失敗を積み重ね一般企業に就職しました。
現在は高次脳機能障害を多くの方に知っていただくために、SNSやブログで当事者の思いや日々の生活について投稿しています。
発症から就職するまでのこと
発症の原因は先程お伝えした器械体操の事故です。
事故の後遺症として記憶障害が残りました。聞いたそばから物事を忘れてしまうんですよね。 こんな自分を知ったら誰からも相手にされないと思ってたので、当時は誰にも言えませんでした。元々覚えていた知識も忘れてしまい、当初は足し算もできませんでした。
「頑張ったら回復するはずだ」と信じて、病院に絶対に行かないと強く思ってました。隠れるようにメモをして記憶を補い、必死で普通のフリをしていましたね。勉強しても覚えられない、三浪したけど大学はすべて不合格でした。これでは就職できないなと悩みに悩んで、専門学校に進みました。当時はバブル時代でしたから、さまざまなことを経験したいと思い、1年間海外に留学もしました。
就職してからも、いつか大失敗をしてクビになるのではないかと、不安で眠れないわけです。普通の人に見えるように、必死にメモしたり、自分用にマニュアルを作ったりして、工夫を重ねました。
ミスがないように何度もチェックをするので、人より何倍も時間がかかります。 早く出勤して、自宅に仕事を持ち帰るのも当たり前でした。それだけ頑張っても障害のせいで、 問題が生じてしまうわけです。
勤務していた会社は優秀な人が多い会社なので、 同期の人や新しく入ったスタッフが1・2年であっという間に抜いていくのが分かる。
僕は記憶できないんです。十何年毎日やってる仕事だけど、 一晩寝ると忘れてしまいます。 なので、毎朝初めてやる仕事に取り組むような感じです。仕事をしながら思い出してはいくけど、健常者のように『簡単な仕事』にはならない。普通の人なら何年かやれば飽きて『つまんないです』と言い出すような仕事でも出来ない。
それでも僕には、前の会社でミスして信用をなくした経験があるので、より一層、 唯一無二の存在になろうと思いました。 誰もやりたがらない大変な仕事ばかり進んでやったので、 その分野では社内で1番の成績を何年も続けることができました。
高次脳機能障害を会社に伝える
転職9年目にしてひとりの上司に限定で、高次脳機能障害をカミングアウトしました。
障害を伝え後に待っていたのは、『配慮』ではなく『差別』でした。
記憶障害のために、人よりも忘れやすい事を伝えたはずなのに業務内容を忘れると「なんで忘れるの?」と聞かれます。そして「障害の影響だ」と伝えても、言い訳と認識される日々でした。
悩んだ小川さんに転機が……!
そんな私を見かねたように、役員が働きやすい環境を作っていってくれたんです。
会社でのストレスが限界まで溜まり、いつも休まなかった会社を5日間休んだことがありました。その後、役員の方が私が障害によって苦しんでいる事に気づいてくれました。
その役員が社長にかけ合ってくれて、 一夜にして週3日の在宅勤務の配慮をしてくれました。
現在の活動について
私は自分の様に「見えない障害」によって苦労や差別をされている方をひとりでも減らしたいと思っています。
そのために、高次脳機能障害を告白して理解されない経験を元に作ったのが「回復に必要なこと40」 支援者の心得です。本を作るだけではなく友人と一緒にyoutubeで高次脳機能当事者の思いを発信しています。

現在の目標
私が高次脳機能障害者の働く場所を作りたい理由は、見えない障害を理解して貰いたいからです。理解されない理由のひとつに、まだまだ社会が高次脳機能障害に対する理解が進んでいないことも挙げられます。
心は壊れていないが、脳を損傷すると何も出来ない。働けない。
健常者の頃と変わらない気持ちですが、頭が働かないから能力の無さに絶望する。働きたいけれど、理解も配慮もされない。困っていることを話すと怠けていると思われる。
大変な苦労があるから自分達で会社や必要なサポートを自分たちで作る方が、見えない障害の理解を求めるよりも、実現可能と感じているからです。
最後に伝えたいこと
見えない障害者は頑張っているが理解されない苦しさがあります。
健常者の方にはなかなか理解されないことも多いですが、当事者の方の多くは生きていくためにたくさんの努力をしています。少しだけでもいいので高次脳機能障害の事を多くの方に知って頂きたいです。
小川さんと運営松川の出会いはInstagramでしたね。お互いの夢をメッセージで送りあい、意気投合し1週間後には実際にお会いしたことを、今でも鮮明に覚えています。
目標が似ているので、これからも末永く刺激し合える関係でいたいと思っています。今回は取材に協力していただきありがとうございました。